パチンコは麻薬 RE:BORN

パチンコは麻薬 自己欺瞞としてのパチンコ

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否認・・・自己欺瞞としてのパチンコ

 

(パチンコの断章より)

依存症の人に限って依存であることを指摘されても否認するんですよね。
さらにはギャンブルに填ってる事自体も秘密にしていて周囲が気が付かない場合も多い。
したがって治療方法が無いに等しいんです。

 

結局パチプロってのは社会が怖くて逃げちゃった人たちなんだよね。
そういう生き方してるとことあるごとに自分に言い訳して、精神をかなり消耗するんでしょうね。

 

パチンコごときで人生の貴重な1日1日を
なぜつぶせるのか?

それは、彼らは「仮の姿」だと思っているから。
本当の俺はこれから。
本当の俺を使っていないから今はこの程度。
そう飽きずに言い続け、結局は老い、死ぬ。

 

手を抜いていると思っていたのは気のせいだった。実は、生活の
すべてをパチ攻略に捧げていた・・・やめてみて初めて気がついた。

 

最近、やっと正気になったのだけどさ~パチスロ/遊び含めなんだか気付いてみると250万の借金地獄に・・・。

 

なんか、パチンコは勝つためじゃなくてなんか
当たった時に回りより自分は凄いんだという優越感を
感じるためにやっていた気がします。

 

俺はかなり長い間「本気を出せばどんな分野でもそこそこ結果を残せる」と不遜な思いを抱いてきた。
でも、結果は「どの分野にも本気でなかったから、笑」なんのスキルも残せなかった。
山ほどの時間を使って、いまだに何もものになっていない、うん、 やけに悲しいぞ。

 

今までずっととりあえずの人生を生きてきたような気がする。
親の世話になっていた学生時代は、経済的にも社会的にも出来ないことが多すぎて自立して自分のやりたいようにやれるまでのとりあえずの人生だった。学生時代にスロットにはまってしまい、スロ屋と自宅を往復するだけの人生だった。就職が決まらないまま大学を卒業し、1年ほどのフリーター期間を経てとりあえず現在の仕事に就いたが、現在の収入じゃ部屋を借りて車を持ってなんかできない。まともな仕事に就けるまでのとりあずの現在。
いつまでとりあえずが続くのだろう。

 

▼パチンコ依存=否認の病

自分がパチンコに依存していると認めない依存者は、多くのことを否認しなければならない。依存による不利益な事態が目につくたびに、何らかの適当な理由をつけて「自分は違う」と言い続ける。

多くの時間を浪費したこと、多額の金銭を失ったこと、仕事や学業をふいにしてしまったこと、人間関係を疎かにしてきたこと、現在および将来の自分の立場を危ういものにしてしまっていること、自分の品格が低下したこと、自分を肯定できないこと。パチンコ依存者はこれらの事実を否認する。

否認することによって誰を騙そうとしているのだろうか。パチンコ依存にたいする羞恥心があるために人前では否認するものの、自らは密かに自覚しているのだろうか。多くの場合、依存者は自分自身を騙しきってしまっているのである。なぜ彼らは本気で自分を騙すことができてしまうのだろうか。

 

▼妄想の起源

人は現実から快楽が得られなくなると妄想によって快楽を得ようとする。白昼夢と呼ばれるこの種の妄想は、自分に都合のよい状況や世界を頭の中で想像し、それに浸ることで悦に入る。

これは幼児期においては欠かせない機能だという。自分の力で現実に対応できない幼児は、欲求不満の感情が自らを苦しめると、それを解消するのは妄想に頼る他ない。たとえば怒りの感情が発生すれば、妄想で相手を破壊することによって自分の中の感情を解消することになる。

本来は成長するにしたがってその区別をつけるようになり、自らの力で現実に働きかけるようになる。しかし、パチンコ依存者というのは自分の頭の中の勝手な解釈で現実をねじ曲げるようとする。つまり、幼児とまったく同様の生きる戦略をとっているのだ。

 

▼詭弁の起源

依存者の否認でもっともよく用いられる論理が、「勝てばいい」というものだ。「勝てればパチンコは得だ」「勝って借金がなくなればチャラだ」などと言い出す。パチンコ依存が金の問題でないことは誰の目にも明らかだが、すべてを金の問題にずらすことによって自分を正当化しようとする。

また、この他の詭弁には、何かによって「最終的に報われる」と考えていることがあげられる。いつかは自分のこの惨めな状況がひっくりかえると妄想し、実に勝手なストーリーを構築してしまっていることがあるのだ。

いい仕事につければ、いい結婚相手がみつかれば、といったことから、宝くじのような幸運まで、数えればきりがない。考えてみれば、今日から勝てると考えて懲りずにパチンコに行くこと自体が、妄想ストーリーである。

つまり、現状の問題点を客観的に検討するよりも、将来のある一点によって救われようとするのである。幼児期の妄想的な戦略が色濃く残存してしまっている人は、そのような自分勝手で受動的なストーリーを信じ込みやすい。まったく妄想的なストーリーを自分の支えにして、現実からとことん目を逸らすことができてしまうのだ。

また、世間的な価値観を無反省に内面化してしまうタイプの人、あるいは幼児期から世間の基準に自らを投入するような偏狭な世界観で育ってきた人というのは、現実の複雑さに耐えることができずに上記のような安易な発想に流れがちになるという。

 

▼自己欺瞞の起源

自分を欺く行為というのは、幼少期に誰もが通る道である。もっとも典型的な自己欺瞞は、親にたいする感情である。子供は親に頼らないと生きていけないので、親に適応するより他ない。

何かあるたびに、親が悪いのではなく、自分が悪いと思いこもうとする。また、期待はずれの親の振る舞いや理不尽さに激しい怒りを感じても、その怒りを抑圧するようになる。

やや極端なケースだが、次のような話もある。母親から金目的の売春に使われ続けた少女がそれでもなお親を擁護するという。自分の存在の肯定を親に求めざるをえない子供は、このレベルまで自分を騙し続けることがある。

それほど極端ではなくとも、子供というのは誰であっても生きるために自分を騙すものだ。また、このことは依存的な生をおくっている人が避けて通れない事態で、宗教であれ社会的地位であれ何かに依存している人間というのは、この種の自己欺瞞を日常的に行う。(しかし、まったく何ものにも依存してない完全に自律的な状態など人間にはあり得ないので、程度の問題かもしれないが)

子供は成長するにしたがって、本来はその自己欺瞞に気付く。これこそ親離れのもっとも基本的な観点だという。自己欺瞞的な親子関係に気付くことによって子供は精神的に親離れするのだ。それがない限り、経済的に自立しても一生親離れすることはできないという。

普通に自己欺瞞を行えてしまうパチンコ依存者というのは、おそらく親離れをしていないのだろうと推測できる。起源的な自己欺瞞から脱した経験がないために、自己欺瞞が何かすら実感としてわかっていないのではあるまいか。そのために、はたから見ると滑稽なほど自分を騙すことができてしまうのだと考えられる。

▼依存的な人間関係は自己欺瞞を助長する

依存的な人間関係とは、他者に自分の存在証明がある関係である。他者がもつイメージが自分の存在の起点になるような関係だ。そのため、他者からどう思われるか、受け入れられるか、愛されるか、といったことを必要以上に気にするようになる。

このような人間関係を構築してしまう人というのは、他者から見える部分をコントロールすれば現実が克服できると想定しがちになる。実際には貧乏でも、金持ちだと人に思わせれば「自分は金持ちである」と考える。実際には愚か者でも、頭がよいと人に思わせれば「自分は知性がある」と信じる。実際には自分を肯定していなくとも、人から受け入れてもらえれば「自分の存在を肯定できる」と思いこむ。

この手のタイプの人は、とことん自分を騙すことができるようになる。極論すれば、殺人を犯しても、人にばれなければ「自分はやっていない」と考えるようになる。

▼自己欺瞞としての自殺

パチンコ依存者の自殺は珍しくないが、その何割かは自己欺瞞を通すためのものだと推測できる。現実を否認し続けた者というのは、もはや否認できないほど現実が差し迫ってくると、現実を認めないために自らを殺すという選択肢が意味をもつようになる。そうすれば現実を受け入れなくてすむというわけだ。

自殺という悲惨な事態を前にすると、「その人には相当の理由があったんだろう」と考えたくなる。しかし、現実を受け入れないで自分を騙すという生き方が前提になってしまうと、自殺すらあまりに合理的で逆らいがたい選択肢になりかねないのである。

むろん、鬱という病気が重なったり、パチンコ依存よりも大きな問題を抱えていることも考えられるので一概には言えない。しかし、パチンコ依存が否認の病であることを考えると、少なくない割合においてこのようなケースが推測されるのである。

▼甘やかしと自己欺瞞

パチンコ依存の若者に特有な傾向なのだが、「悩まない」という点があげられる。将来のこと、人間関係のこと、家族のこと、友人のこと、人生のこと、何一つ真剣に考えようとしない。真剣に考えることを怖れているようにもみえる。

幼児的な万能感や自分にたいする奢りがあるために、自分の卑小な現状や将来を考えないようにしていると考えられる。本来、悩むことによって、自分の支えだったそれらの自己中心的な発想を脱ぎ捨て、偏狭な価値観をやぶって再生するものなのだが、そういう壁を避けてしまうのである。

そして、なぜ悩むという行為自体を避けてしまうかといえば、現実を直視する精神的な耐久訓練ができていないからではないだろうか。甘やかされて育った人にこのタイプが多い。甘やかしという行為は、自分の欲求不満と戦う機会を子供から奪うだけでなく、甘やかしてもらえない状況にたいする恐怖心を子供に植え付ける。

 

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  • この記事を書いた人

ヒキパパ(HKPP)

脱パチをして任意整理をした借金を返済しながらゲームや子育てを楽しんでいる30代の引きこもり大好きパパです。 家で楽しく過ごすために日夜頑張っています!

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